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社会不適合〜生きてるだけで精一杯

生きるってそれだけでも十分大変なことです

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女の子は可愛い 

私はずっと、可愛さの土俵に上がってこなかった。だから別に可愛い子を羨ましいとか妬ましいとか思ったことなかったし、私は男はブサイクが好き、女の子は綺麗な子が好き、という好みで、女の子が可愛いのは喜ばしいことでしかなかったわけだ。

私は可愛くなりたいと思って努力をしたのは人生の一時期ほんの一瞬で、あとはめんどくせぇの一言だった。化粧めんどくせぇ、服考えるのめんどくせぇ、他人からどう見られるかに労力割くのがめんどくせぇ。

だから自分がちやほやされる対象になり得るなんてことを考えたこともなかった。まず誰からもそんなこと言われたことなかったし、外を歩けば女の子に配ってるティッシュは私には配られないし、女の子はせっせと努力をしているから可愛いんであって、私なんて何にもしてないし。

と、思ってきたのですが、この一年。私のことをタイプだとか綺麗だとかちやほやしてくれる人が少しずつ現れてきまして、その度にドキドキしたり嬉しかったり、今まで使ってこなかった機能を使ってるなっていうか、私も女なんだなぁ、あぁめんどくさいなぁと。

男の人からちやほやされるのは悪い気はしない。

で、そうやって少し自己評価が高まってしまったお陰で、可愛いって言ってもらいたいとか、言ってくれる人がいるんだということが頭にインプットされてしまったわけね、ただそれはつまり同時に他の可愛い女の子を前みたいに手放しでは喜べなくなるというまさかの事態を招くわけです。

可愛い女の子はそりゃいいよ。目の保養だよ。私はあんな風な格好できないし、化粧もできないし。でもそういう人が、私の気に入ってる人からちやほやされてるのは見たくないっていうか面白くないわけだよね。
張り合ったって仕方がないし張り合うような努力をする気もないくせに、ここで羨望と嫉妬という感情を初めて女性に対して抱くわけです。ここにきてかよ。めんどくせぇよ!

この間はお花見があって参加したんだけど、20歳の女の子が可愛くてみんなにちやほやされてて、私に対する扱いとはやっぱりちょっと違ってさ、面白くないわけです。でも私はその面白くなさをその場ではストレートに直視せずに、一緒になって誰よりも大きな声でその子に対して「可愛い〜!」って言ったんだよね。

酔ってたのもある。飲み過ぎておかしくなってたのもある、けど、つまり私は、その子に負けてること、その場にいる男の人がその子のことをちやほやしている現実に傷つくのがカッコ悪いから、面白くないなんて口に出せるはずないから、一番前に出てその現実を問題なく受け入れているような振りを装ってハシャいでた。

その子の写真を撮った。その時は心の底からただただ可愛いなぁと思って撮ってるつもりだったの、その写真を周りに見せて「ほんと可愛いよねー!」とかって盛り上がってさ、でも終わってからなんか沈んでる自分に気づいて、酔いも覚めて冷静に振り返ったらそういう心理で行動していたことがわかった。写真なんて全部消したよ、何やってんだろと落ち込んだ。

酒もよくないし、女子に対してそういう気持ちを抱くのもよくないし、そういうヤキモチを焼くほど気になっている人がいることもよくない。
「私にだって可愛いって言ってくれてたじゃん」とかさ、自分だってパートナーいるのに変なヤキモチ焼くのよくない。それがその場でちょっとイジけるぐらいならいいけど、その場で誤魔化して後から落ち込むのはガチっぽくてよくない。全部よくない。

「女子か!」というツッコミを自分に対して贈りたいのだけど、まあ女子なんだな。女なんだな。私でもそうかぁ。逃れられないもんなんだね。これからはババアになっていく一方だというのに。
ギリギリ今のうちだけでもさ、可愛いって言ってよ。昔は可愛いなんて言われても殺意しか感じなかったのになぁ。自己評価が高まるのも良し悪しだな、困っちゃう。
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category: 雑文

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指輪買った 

つまらないことですが、指輪を買いました。左手の薬指につけるやつ。
結婚だとかなんだとかめんどくせーけど、世の中に私と彼の関係を説明するのに一番手っ取り早いのは結婚。結局そうだ。世間に負けた。

これまでは自分が持ってた真っ黒なチャリティリングを結婚指輪だと言い張って薬指にしてたんだけど、さすがにそれもなぁということで。

買うのもまったく珍道中だった。
見せ指輪として必要だから買いに行こうと私が言ったのに、店に入った瞬間から空気にやられ、帰りたいモードが発動。二人で買いに行けば当然あれこれ言われる、「お誕生日ですか?」「ご結婚されるんですか?」とか。まあ当たり前だよね。

「周りからあれこれ言われてめんどくせーので、ひと目見て分かるように、一発で黙らせる指輪を買いに来ました」なんて堂々と言う人間はいないわけで、向こうもどんな指輪が適切かなんて分かんないよね。アドバイスや指輪のチョイスもいちいちズレている。いや一般的には正しい対応をしているんだろうと思うけどね。

二軒目のお店はわりと親切で、私も正気を取り戻した。ダイヤとか石がついてない指輪がよかったんだけど、女性物はついていないものはないと断言され、仕方なくなるべくシンプルなものを。
結婚するわけじゃないけど、というこちらの意図も分かってくれて、「石がついてた方がリアル感が増しますよ」とありがたいアドバイスも。一体なんのための買い物なんだ。

石がついてた方が指が細く長く見える、女性らしさが出るなど意味不明なことも言ってたけどね。まったく意味不明だった。

指輪を持ち帰るケースも面白くて、+1500円で香水の入れ物みたいなやつ、+2000円ででっかいクリスタルがついてるやつ、+3000円だとなんとオルゴールになってて、二人で爆笑。こちらは当然お金のかからない普通のケースですが。みんなこんなんで指輪贈ってんだー、なにやってんだよな。

「所有者リング」として忌み嫌ってきた「結婚」指輪。あっさりはめるようになるんだなぁ、何やってんだろ私という虚しさはありつつ。こんなことしなくてもいい世の中に早くなればいい、くだらないよ。

関係が、がんじがらめだ。結婚未婚、婚外子嫡出子、浮気不倫…。なんでもいいよ、誰とでもヤらせろ!もうウンザリだ

いや別に今の生活に不満があるわけじゃないのよ、パートナーとも仲良しだしね。ただそれを世の中にある「形」に押し込めると途端に陳腐になってクソになってしまう。悲しい。世間はいつも私が大事にしているものを台無しにしてしまう。

私ですらそうなのだから、世の中の人は相手の存在よりも「関係フィルター」を通した「物」を見るわけだ。それってダサくなるよ、やめた方がいいよ。この国は腐っている。一緒に腐るのはごめんだ。私だけでも、もっと自由に、指輪はするけど。ああ。

めんどくささに耐えて、指輪に頼らず説明し続けるべきだったのかなぁ、一緒に暮らしているパートナーがいて、結婚はしてないけど、ただの彼氏というのとは違って、結婚しない理由は紙を大事だと思ってないからで…って。めんどくさいわ、誰一人理解しないわ。単なるシングルだと思われるのもごめんだし、結局相手がいるということを手っ取り早く分からせるには結婚だし、指輪も簡単。あー。

category: 雑文

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私は「みんな」みたいにならなければならないのか 

根源的な問い。ずっとずっと昔から。目に映る多くの人は、また出会い言葉を交わす人たちは、私とは違う感性、価値観を持っていて、私は常に「浮いて」いた。みんなが言うことには同意できなかったし、私は何も語らなかった。語らずに書いてた。

最初になんだこいつらと思ったのは「将来の夢」的な話かなぁ、やりたいことが見つからないとか、自分が何をしたいのか分からないとか、そんな人が段々と出始めてきた10代後半の頃。私にはまっっったく理解できなかった。

やりたいこと?ないわけねぇだろ。
何がしたいか分からない?そんな馬鹿な。

当時から思っていたのだけれど、彼らの言う「やりたいこと」ってのは「食えて世間的に外聞も通るやりたいこと」って意味なんだよね。そんなに他の物差し要素入れといて、自分の気持ちも入るやりたいことなんて見つかるの稀じゃん。

世の中の求めるものと自分の望むことが合致する人は夢に向かって悩まず邁進できるわけだ。そういう人は「夢や目標を持って頑張ってる人」としてキラキラに映る。
要するに世間から望むことを許されてることって狭いのね、物凄く。そこに合致しない「やりたいこと」を持ってる人や、やりたいことが本当にない人は悩むわけだ「やりたいことがない」とか「自分が何をしたいか分からない」とか。

でも答えなんて出てんだよ。世間の要求を入れるから、自分の要求が見えなくなってるだけ。疲弊せずにそこそこの金もらって暮らしたい、働きたくねぇ、ちょっとは人の役には立ちたいかも、とか、そんな程度の要求が自分の要求じゃん。それが「やりたいこと」でなんでまずいの?どうやって食ってくのか、なんの職業に就くのか、そんなことまでセットで見通せて初めて夢や目標として認められるという風潮がおかしい。

まぁだから私も世間が言うところのやりたいことやら目標はなかった。「なんかやりたいことかないの?」とか聞かれたら迷わず「ないよ」と即答していた。お前が言うところの「やりたいこと」なんてねぇよ、と。「このまま生きてぇ」というのが私のやりたいことだった。夢だった。自分の形を変えずに生きていくことが。

ずっとそんな感じだったのだけど、何度かふっと迷ったことはある。そういう時にどう乗り切ってきたかといえば、まあ大体書けば答えが出ちゃうんだよね。最初に揺らいだのは16歳の時。その頃の文章をがっつり転載。これは非公開で勝手につけてた日記だから、本邦初公開やね!


最近今まで感じた事のない不安が襲ってくる。周りの人はみんななんかやってる、勉強とかイベント系とか。私はマイペースで人は人だと思ってたし、周りに追い立てられるような事は今までなかったのに、今までにない焦りを感じている自分がいる。人は人、よく分かってる。そんな事改めて考える必要ないくらい当たり前の事のはずだった。それなのになんで今になって焦りを感じるのか。自分でもよく分かんない。

別に人が大検受けようと、20周年(※フリースクールの行事)に積極的に参加しようと、私には関係ない。そんな事も必死に言い聞かせなきゃ分からなくなっちゃたの?私は。自信なくなっちゃったよ。なんかね、みんな頑張ってて一人だけ取り残されたような、そんな感じ? 私今何もしてないからね。こんなんで社会に出れるのかなあ、なんて自分とは無関係だと思ってた悩みにぶち当たってしまった。やっぱり私も普通の16歳ってことかな。まあいろんな悩みはあるけど最初の考えは大切にしたい。

今の日本はみんな頑張っている。中学を出たら高校、高校を出たら大学、それ以外はすぐさま働く。でも私はそんなにノンストップでいく事はないと思う。家に引きこもってたっていい。ゲームばっかりやってたっていい。そうゆう時間だって人間には必要だと思う。世間から見れば何もしてない無駄な時間かもしれない。
でもその無駄な時間がその人にとっては自分を形成する大切な時間って事もある。その時間の中で自分のやりたい事とか出来る事を考えながら、少しずつ自分のペースで実行に移していけばいい。そういうゆとりが今の日本には全く無い。今やっている事すべてが将来に換算されてゆく。

でも私に言わせれば人間の本分は将来に備えることよりも、今を大切にする事にあるんじゃないか。だから親もそんなんじゃ将来困るとかプレッシャーをかけるんじゃなくて、今を大切にしてるか、とゆう事に気を配ったほうがいいと思う。何もしない時間の大切さ。そんな事を声を大にして言いたい今日この頃。このゆとりはね、結構重要だと思いますよ?やっぱりマイペースが一番。自分で書いて再確認。ちょっと気持ちが落ち着きました。私は私だもんね。でもこんな事言うとさぁ、つまんない人に正当化してるだけだとか言われそうだね。それについての反論も考えとかないと。まあ頑張り過ぎない程度に頑張ります。頑張り過ぎちゃったら私じゃないからねぇ。



まぁそこまで大した日記じゃないんだけど、私はこれで納得して、向こう10年は将来について悩まなかった。私として生きることがすべての答えになっていたのね。

でも向こう10年間と言った通り、私今29だから2年ぐらい前かな、もっかい悩んだのね。それは薬剤師になりたいということで、薬学部を目指している青年を目の当たりにした時だった。その人は夢を持ってる。私って夢ないの?みたいな。私の夢ってなんだろと、目標と言える目標がないことがちょっとだけ引っかかった。その時も考えて書いて、あそっか、私の夢は「やりたくないことをやらずに生きること」だと。これがハマった。

今も私の夢はそれだね。やらねぇよ、やりたくねぇことは。

結局目指すことが外聞立つことと立たないことってのがあって、薬剤師は立つよね、他にもなんか職に繋がりそうで資格を取るために努力してる系ならばっちり。専門学校に行くとかさ。

私は外聞立たせることを全力で拒否した。

フリースクールをやめたのは17ぐらいの時。進学でも就職でもなく、ただ嫌になったからやめた。将来がどーしたこーしたという意味では何の変化もなかったけど、ただやめた。

人間は所属が大事だ。学校、フリースクール、会社。どこかに属していれば、「そこにいる〇〇」として社会的承認も安心感も得られる。でも離れてしまえば世の中的にはただブラブラしてるだけの人になる。私もそう見られた。世の中や一部の身内の「納得してない感」に晒されてきた。父親には顔を合わせるたびに「学校に行ったら」と言われた。やりたいことはないのか、あるなら金の心配はしなくていい、大学でも専門学校でもと。

私はまぁ聞き流していた。学校に行くというのが自分には必要のないことだとわかっていたから。行っちゃえばその何年かは「学生」という身分を得ることができ、世間的にも外聞が立つ。ただ私はそういうセコい理由で世間の機嫌を取るのは嫌だったし、そんなことで安心感を得るクソに成り下がるのも嫌だった。何人も見てきた、そういう人。

もう受験勉強なんてしてる風に見えないのに、早稲田を浪人してるとか言い続けてる人とか。いとこはトリマーの専門学校に行った。就職先は全然関係ない。どう見てもモラトリアムに使っただろお前という。ダサい人間ばかりが目についた。私には世間の物差しを内面化して必死に取り繕う様は滑稽に見えたし、なんでそんなことをするのかと不愉快だった。

「やりたくないことをやらずに生きる」というのは私の人生のテーマだなぁ、やっぱり。今も昔もほぼブレずにずっと持ってきた指針でもある。この一言で日本の気に入らない風潮はバッサリ切り捨てることができるし、私という人間の人生を見事に言い表すこともできる。堂々と生きていきたいな、これからも。

いっつも書き散らしてから題名を決めるんだけど、今回は最初から「私はみんなみたいにならなければならないのか」だった。何日かに分けて書いたのでもう最初の気持ちは思い出せないんだけど、その時は少し不安だったんだな、自分のはずれ具合が。まあ、またしても書くことによって盤石になってしまったと。「みんな」みたいになるわけないでしょ。話になんない。

category: 雑文

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生い立ち3 一応完 

治療してみて変わったことは外が普通に歩けるようになったこと、簡単な雑談なら無理なくこなせるようになったこと、自分がそこまでクソじゃないということがわかったこと。

変わらなかったことは。私が変わり者だってこと、みんなでワイワイするのが決して好きではないこと、多くの人とは違う不適合者だってこと

薬を飲んで治療をしても性格は変わらないんだということは私を安心させた。と同時に、人間関係における根本的な困難も残り続けることになった。一度傷ついた自己肯定感はそう簡単には元に戻らない。人との間に引いた線はそう簡単には消せない。他人を締め出し、孤独な暮らし。パートナーはいたけどね。ほぼ唯一と言ってもいいような人間関係だった。

私は周りの人にありえない基準を課していた。私のことを理解してくれるか、私と同じか?結局誰も満たせない基準を振りかざして、分かり合える奴なんていない、という世界で生きた。一人は気楽で好き、というのも一面の真実だったから、辛いとはそこまで思わなかったけど、いろんな意味で不自由ではあった。今から振り返ったらそう思えるという話だけど。

一番の実害は「面白くない」ってことだった。結局共感がないのね。「そうだよねー、分かるー」ってことが極端に少なかった。人の言うことはだいたいつまんない。気候の話と、半径5メートルの身の上話。「で?だから?」ってやつね。
私の話も理解されない。思ったことを言うと「そこまで言わなくても」みたいな反応を受けたりね。なんだろ、思ったこと言ってもしょうがないな、と思わせられてきた人生だった。だからといって言わずに帰ってきても、頭の中は「つまらなかった」がぐるぐる。疲れる毎日だった。

そう、「だった」。過去形。私がね、このつまらない人生を抜け出した過程は結構劇的で、人生の運を全部そこで使ったみたいな話なの。
ここでもとある人との出会いで変わったということを書いたけども、その詳細は書いてなかったのでちょっと書いちゃお。

私は月に一回メンタルクリニックに通っていて薬をもらってるんですけど、その私の通ってる病院にね、私の愛しているバンドのギターの人がなんといたのです。待合室に座ってた。そりゃあもうドキドキして、そこの病院はみんな処方箋は同じ薬局へもらいにいくのでね、そこでも一緒でギリギリまで「CD聴いてます」って出かかったけど、結局声掛けられなくてやっぱりヘタレだった。

もうこんな偶然起きないのに…と落ち込んだ私は気持ちの収集がつかず、公開されているメールアドレスに「今日病院で見かけたけど声掛けられませんでした!」って送ったのね、そしたらボーカルの人がね「声掛ければよかったのに、伝えとくよー」って返信くれて、それから見かけた本人の個人アドレスから連絡がきたのね、改めて書くとほんとすごいことだ。

向こうもクリニック仲間ということで喜んでくれて、じゃあ会おうということになり、会った。あ、なんか危なっかしい行動のようですが、パートナーがいることはちゃんと伝えてあったし、そういう危険性がある相手でもなかったんですよ、ほんとだって。
私はその時はお酒は楽しくないしイライラするので飲まないというのを貫いていたので、「お酒飲めないんです」とか言ってたんですが、「まあちょっとぐらい」というんで飲んだらこれがまあ楽しかったのね。

お酒でイライラしたのは一緒にいた人たちが好きじゃなかったのと、自分の精神状態が良くなかったからで、楽しい人と状態よく飲めばこれは楽しいんだって。お酒に目覚めた瞬間だった。これが去年の2月。
最初は緊張しなくなって楽になる感じがよくて、お酒さえあれば、みたいなことを言って回ってたら心配された。そういう飲み方はやめろ、お前は飲むのはやめておけと。そのギターの方だけは「大丈夫っすよ、飲みましょー」と言ってくれたけれども。

その頃私のあんまり好きじゃない40歳男性に言われたのはね、お酒を飲んでできるようになったことは、そのうちにお酒を飲まなくてもできるようになると。お酒を飲まないとできないというのはよくない飲み方だって。その時は「何まともなこと言ってんだ、そんな健全な飲み方酒じゃねー」とか思ったんだけど、結果としてはそうなった。割と好き勝手に生きられるようになったというかね、お酒が入ってなくても。

もう一つお酒とは別に、そのバンドと偶然出会えたことで考えが変わったのはね、私が苦しい思いをしてきたのは「このためだった」って思えたこと。フリースクール時代の辛い思いがなかったら、このバンドの曲を聞こうとも思わなかったと思うし、偶然の出会いでこんなにドキドキできることもなかったし。私の中ですごく自然に釣り合いが取れたというか、納得できた。

大好きなバンドを、ライブで観られるどころか顔なじみになって、話せたりメールとかのやりとりもできるなんてほんと夢みたいで、こんな幸せなことが私の人生で起きるんだったら他のことはまあいいやと。あれこれの辛かったことがリセットされた瞬間だった。これから起こる辛いことは自分でなんとかしないといけないけど、これまでのことはバンドが解決してくれた。

お酒は人の要求を解放するみたいなことを言ったりするけど、私って人と話したかったんだな、わかり合いたい、共感したいみたいな思いはずっと持っていたんだなって。自分が持ってるものが軽くなった分、人に対する許容範囲はぐっと広がって、前よりも人と話したいという要求に素直に行動できるようになった、かな。そんな感じ。で、今に至るというか。

とりあえず生い立ちは終了かなぁ、また内面や世の中についてはちまちま書いてこうと思うけど。ちなみにこの話に登場する私が愛してやまないバンドとはオナニーマシーンです。マジで人生変わったと思う。えへへ。

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生い立ち2 

フリースクール時代は辛かった。社会不安障害(SAD)になった。http://cocoromi-cl.jp/about/sad

特に家庭環境とか生活環境で思い当たるフシはなくって、ただある段階から突然静かに発症した。環境に問題があるからなるという固定観念はやめてほしいんだよね、それで不愉快な思いをしたこともある。

「人と話すと鬱になる」というのが当時の口癖だった。突然自分は何をやっても駄目な欠陥品だと思い込むようになってしまった。今になればその認識がいかに歪んだもので事実に基づいていなかったかが分かるけど、当時の私にとっては自分が最低のクソ野郎だということだけが真実だった。

人と話せば「なんでもっとこう言えなかったんだろう、ああ言えなかったんだろう」と悩み落ち込んだ。外を歩いているだけでも、他人の視線が気になった。馬鹿にされているような、蔑まれているような気持ちになった。外に出るとお腹が空かなくなったので、外出=食事なしだった。人前で字が書けず、書く場合は手が震えた。何か特別な辛いことがなくても、日常的に自由に泣くことができた。「なんで私ばっかり、他の人はもっと楽に生きているのに」と思うだけで涙が止まらなかった。みんなそれなりに辛いこともあるんだというのに気づいたのはここ最近。

病気になってからは、多くの人とは普通に関われなくなった。人は自分の抱えているものが重すぎると、他人に心を開けなくなるし、必要以上に敵視するようになる。私にとってあの頃同じ空間にいた人間はみんな敵であった。私のことなんて到底理解できるはずもない「多数派」。そうやってラベリングして自分の殻にこもって生きていた。

そのような精神状態で関わった物事はトラウマとなり、憎悪となる。私はフリースクールをやめても、そこにいた人たちやあの場所そのものを許すことができなかった。とにかく憎しみの対象だった。

そんな状態でフリースクールをやめて数年経った2011年、私は精神科に行った。ダメージなしに人とすれ違えない、店に入れない、人と話せば落ち込むという状態が、果たして普通なのか?と思ったから。治療したいというよりも、ただ自分がなんなのか知りたいという気持ちだった。だから薬を飲んで良くなって「なるほどこの病気だったのか」と納得できれば治療もやめるつもりだった。その当時はひねくれすぎて「よくなりたい」という気持ちがなかった。一生一人でクソのように生きていく心構えはできていて、ただ自分がなんなのかを知りたかった。

そして薬を飲んで外に出た時、愕然とした。「楽」。無理に苦しんで生きることはないと治療に取り組むことを決めた。病院は2件目できちんと相談に乗ってくれるところに当たり、そこから少しずつ、店に入る、美容院に行くなどリハビリを繰り返し、日常生活はなんとか送れるようになった。

続く

category: 雑文

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